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転勤妻のテキトウ暮らし*

断捨離・プチプラ(洋服や雑貨)・おいしいもの・お出かけ。日常のあれこれ。

かわいそう?

こないだ「母に褒められるために努力した」って書いたけど、もう一つ。

 

私はとにかく母に喜んでほしくて、喜んでもらえることをたくさんしていた気がする。

「褒められたい」と似ているけど。

 

何かプレゼントしたり、テストでいい成績をとったり。

母が勧める学校へ行ったり、就職したり。まあ、母の言いなりだったわけです。

 

一度、どうしても専門に行きたいと言ったことがあったんだけど、なんやかんや理由つけられて却下。

 

それでも行きたかったけど、うちは母子家庭で貧乏だったので、経済的に母を早く助けねばという気持ちもあって、断念。別に怨んではいないけれど。

 

それぐらい、私は母思いの子だった。(自分で言う。笑)

まあ、母がいないと何もできない子だったとも言うね。

 

なんであそこまで母に傾倒していたんだろうなあ、、

 

自分ではよくわからない。

こういうのはカウンセリングでもしないとわからないのかな・・

 

んー、こういうの書いててちょっと思ったのは、私は母を「かわいそう」って思っていたのかもしれない。

 

父が亡くなり、女手一つで私を育てるため働いてきた母。

 

そんな母をかわいそうだと思って、私が支えなければと思ったのかもしれない・・

 

 

 

 

褒められたい。

喜ばせたい。

 

この二つの気持ちは大人になってもずっとあって、まあまあ自分に無理してた。

 

こっち帰ってきて、母に買い物誘われて、今はめんどくさいし行きたくねえな…と思っても、一緒に行ったり。

つまんないときも明るく振る舞ったり。

 

そういうのに、ほとほと疲れちゃったのよね。

 

転勤して離れてた頃は、なんでもマイペースだった。

 

だから、この「誰かと一緒」に疲れてしまった。

 

転勤していた間に、私自身が変わってしまったのだろうなあ…

 

「主婦としての自分のやり方」が確立されて、当然、母とはやり方考え方が違って、その違いが何もかもストレスで。

 

ネットで見てると、こういうの普通みたいだけど、私本人はまだちょっと戸惑ってるかも。

 

旦那と二人で出かけると、なんか申し訳ない気持ちになるし。

母も行きたいだろうなあって。

 

でも正直、旦那と二人のが気楽で。

 

こんなこといちいち思って生活するなら、いっそ離れて、気が向いたときに一緒に買い物行ったりランチ行ったりするほうがよほど精神衛生上いい。

 

だからまあ家を出ることに決めたんだけど。

今はいい物件がないですけどね…。

 

 

 

 

ただ母は、毒親ではない。

大人になってからは私を尊重してくれることも多くなった。

 

たぶん私が思っていることって大げさで、母は買い物断られても、旦那と二人で出かけても、何も思ってないのだと思う。

 

ただ、私側の問題なのだな。

申し訳ないっていう罪悪感の気持ちって、けっこう辛いんだよね。

大きい悪さならまだしも、どうでもいい小さいことで罪悪感持ちたくないや…

 

せっかくの自分の人生だから、気楽に楽しく行きたい。

 

自分が幸せじゃないと、周りを幸せにできないし、私が幸せでいることが、きっと母の幸せよね。

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